意外に平穏な南京市内の日常

『「南京事件」の探究』北村稔

 【意外に平穏な南京市内の日常】
 しかしながら、以下に示す郭岐自身の日常生活を描く第九節「我々の難民生活」の内容は、第三節「空前の大惨殺」の記述と大きく矛盾する。郭岐の日常生活には、同時進行中(であるはず)の大虐殺状況が全く反映されていない。……
 そして次のように続く、「正午になると雎さん(同僚の軍人)の家へ行き昼食を食べ、同時に日本の情報を探るか、あるいは碁を打つかした。いずれにしても平々凡々と過ごした。夜には人をやって街の『新申報』……デマ新聞を破り取ってきて、その裏にかかれている意味を推察していた」と。
 以上のとおり、「大虐殺」中の郭岐の日常生活は意外にのんびりしている。もっとも安全区内の生活であり、安全区外に出れば大虐殺が進行していたのだと強弁することも可能であろう。しかし安全区は街路を基準に線引きされた南京市街の一部の区域であり、高い塀で外部と遮断されていた場所ではなく、外の市街地の音も聞こえれば行き来も可能であった。安全区外の市街地で、郭岐が第三節「空前の大惨殺」で言うように「銃声が終日たえない日が三ヵ月続いた」大虐殺が進行していたのならば、その市街地と境を接していた安全区の南端での郭岐の生活空間に、これほどのんびりした生活が存在するのは不可能であると考えるのが「常識」である。(p136)