全て米国にたどりつく

渡部昇一の世界史最終講義』渡部昇一 髙山正之

 髙山 さらに第二次上海事変に続く南京攻略では、米国の宣教師ベイツやマギーが「日本軍が大虐殺をした」と語り、ニューヨーク・タイムズのダーディン、シカゴ・デイリーニューズのスティールといった特派員が報じました。
 最初に情報を流したのはマンチェスター・ガーディアンのティンパリというオーストラリア人でしたが、ずっとニューヨーク・ヘラルドの記者でした。たまたま中国で契約したのがマンチェスター・ガーディアンで、多国籍のような印象を与えるけれども、根をたどると全部、米国にたどりつきます。
 日清戦争でも、1894年の日本軍による旅順攻略戦で、ニューヨーク・ワールド紙特派員ジェイムズ・クリールマンなどが、「中国人の肉は切り刻まれ、ほとんどの住民は虐殺され尽くした」と嘘を報じていました。
 仕上げは東京裁判で、牧師のベイツが「日本軍は6週間にわたって南京市民30万人を虐殺した」と証言した。42日間、毎日7000人ずつ休みなく殺していかないと間に合わない計算です。
 それほどたくさん処刑したなら、死体はどこへ行ったのか。毎日何百回も死体を運び出すことは、輜重兵(しちょうへい)中心で、2、300人もいなかった南京の留守部隊には不可能でした。(p78)