第三帝国

『世俗宗教としてのナチズム』小岸昭

 博覧強記をもって知られるドイツの哲学者でヒトラーの同時代者エルンスト・ブロッホは、次のようにその起源にまつわる問題に蘊蓄を傾けている。
 「ナチどもは、第三帝国という用語を――これは忘れてはならないことだが――文学的にも継承したのである。イプセンからではなく、ドストエフスキーから。むしろ、ドイツ語版ドストエフスキーの編者であるメラー・ファン・デン・ブルックが、ドストエフスキーから半ばツァーリズム的、半ば予言者的に抽出した人種的な紳士用香水から。……」
 ブロッホも言うとおり、確かに「第三帝国」というのは、ヨーロッパの精神史において繰り返し登場してきて、民衆を予感めいたものに包み込んでしまうひとつの神話的な夢であった。それは言うまでもなく、一二世紀イタリアの僧院長ヨアキム・デ・フローリスの第三の福音の説にさかのぼる。ヨアキムによれば、律法の支配する旧約的「父」の時代と、恩寵の支配する新約的「子」の時代といういまだ不完全なふたつの段階を経て、第三段階の聖霊の支配によって、一二六〇年から、完全な霊的修道士と永遠の福音の時代が始まるとされた。以来、この予言者的な歴史観は、とりわけドイツ民衆の魂に至福の未来を約束する神話、民族主義的な終末論として伝えられてきたのである。(p52)


 とすれば、象徴表現に敏感なヒトラーは、ドストエフスキーのドイツへの紹介者メラー・ファン・デン・ブルックの著書『第三帝国』の影響を受けて、自分の築いた国を「第三帝国」と命名したのだろうか。長い間、私もそう考えていた。だが、じつはあの激動の一九一九年、ヒトラーミュンヒェンで出会った師ディートリヒ・エッカルトの民族主義的な思考に、この用語に関するヒトラーの知識の源泉があった。……
 だが、従来の第三帝国の概念に、エッカルトはそれまでにない独自の薬味をつけ加えている。それは、ルターの論文「ドイツ国民のキリスト教貴族に寄せて」を援用しながら、「数世紀前から貴族・民衆・教会を支配しているユダヤ人勢力」を攻撃しているエッカルトの露骨な反ユダヤ主義である。
 「ルターの燃え上がるような怒りの正当性は」と、エッカルトは続けている。「破局の時代にほかならない現代の卑怯さによって二倍も三倍も立証されている。……ルターの非政治的な、それゆえ純粋にドイツ的な頭脳は、高利に引きずられてしまう我々の行く先を予見していた。」
 「悪魔が利子率をひねりだしたのだ」というルターからの引用を論説の中心に持ってくるエッカルトの主張は、諜報員ヒトラーが一九一九年九月一二日にはじめて聞いた技師ゴットフリート・フェーダーの教義と軌を一にしている。というのも、その頃エッカルトは、フェーダーと共同戦線を張って、おなじみの標的――侵略的物質主義と「黄金の国際会議」を撃つため、「金の貸借隷属制打破のためのドイツ連盟」をつくっていたからである。(p54)