ゲッベルス

『ナチズムの歴史思想』フランク=ロタール・クロル

 ヨーゼフ・ゲッベルスが、ナチズム世界観の中で人種思想を志向する主要潮流のさまざまな特徴に対して、内心ではいかに距離を置いていたのか――この点は、歴史研究にとって長い間、大略では知られていたが、数年前にようやく包括的な研究において説得力をもって立証された。ローゼンベルクの「人種魂」という歴史形而上学およびここから生じる北方的原民族というフィクション、前近代の生活世界の血と人種に関わる再生という枠組みの中で「新しい人間」を生物学的に高度に改良しようとするダレーのユートピア、血と人種の純粋性を守り、歴史的連続性をそもそもはじめて可能にする「祖先と子孫」の世代連鎖というヒムラーの主張――ナチズムのイデオロギー的自己理解にとって中心的で、それぞれ独自の歴史構想をもったこれらの立場はすべて、一貫して、人種という概念を、実際にもきわめて影響力の大きい考慮の中心に据えたが、ゲッベルスは、戦術的な動機から出たわずかなリップサービスは別にして、これらの立場にはまったく共感を覚えなかった。逆に、彼の日記には、「人種・唯物主義の馬鹿げた騒ぎ」への一部激しい批判が得意げに記されている。「それは、態度や志操ではなく、プラチナ・ブロンドの髪に注目する。……結局、われわれの歴史からは、ヴィドゥキントとハインリヒ獅子公とローゼンベルクだけが残るのだ。それでは、ちょっと少ない」。そして、このような見方からすれば、原則的に受け入れがたい世界像の変種にみえざるをえないのは、ローゼンベルクやダレー、ヒムラーの立場だけではなかった。周知のように、ほかならぬゲッベルスが神秘的に栄光化された指導者像へと祭り上げたヒトラーの人種生物学的動機をもった世界像・歴史像も、すべての人種思想に明白な抵抗感をもつ国民宣伝啓蒙相〔ゲッベルス〕の態度とは、かなりの点で決定的に対立していたのである。(p208)


 第三帝国のイデオローグのなかで、ゲッベルスほど、ナチズム世界観の枠内で「理論」と「実践」、「理念」と「行為」、「思想」と「行動」の結合を要求し、これを包括的に根拠づけようとした者はいなかった。……単に「無味乾燥な」本の知識の形で表れたり、「精彩のない理論」の形で提示されたりする理念ないし精神的武器「だけでは」、たとえきわめて深遠な真実が強調されていても、それ自体は価値がない。政治的理念は、それが「事実の王国で」理論的に展開された立場を実現すべく、しかるべき手段や可能性をも考慮するとき、したがって政治的に考えて、つねに同時に、権力を獲得し公的生活の種々の領域にその教義を「浸透させる」よう努めるときにはじめて価値をもつ。というのは、「偉大な理念はすべて、最終的には権力を目的とし、権力は政策を実施することができる道具だ」からである。ゲッベルスによれば、このような実践との関連性の程度だけが、ある政治的理論の良さや質を決定する。政治理念は――理論としても――その中に実践論的で、現実に関係づけられた要素が多く含まれている限りでのみ価値をもつ。「革命の最初にあったのは、決して本や麗々しい綱領ではなく、つねにただ、公的私的な生活全体をその影響下におく一つのスローガンであった」。「良き理論は同時に、世界中で最も実践的なものでもある」。
 ナチズム・イデオロギーと政治の本質に関して理論と実践の規定関係をこのように特徴づけることは、すでに述べたように、ゲッベルスの世界観に特有のものではない。彼の世界観に独特なアクセントを与えたのは、また、この世界観を、ヒトラーやローゼンベルク、ヒムラーの場合にも指摘できる、ナチズム理念の実践との関連を求める一般的な要求と区別する点は、ゲッベルスがこの実践論的次元を一種の世界史的発展法則へと拡大・発展させたことであり、この発展法則の方もゲッベルス社会主義理解にとって決定的に重要であった。
 この「運動法則」は、その核心においてまずは、世界史的規模の革命はすべて、ある理念――「個人の頭」にあるいは個々人から成る集団に発し、あらゆる歴史的変化を引き起こす力であると実証される――に端を発するということ以上のことを意味しなかった。ゲッベルスは次のように主張する。すなわち、理念に結びついたこの出発点は、イギリス革命やフランス革命ロシア革命の発展にとって根本的であったのと同様、仏教やイスラム教、キリスト教の偉大な宗教教義の形成にとっても根本的であった。広範な民衆の憧れや予感を表現した「簡潔にまとめ上げられた理念」は、徐々に一つの思想体系へと拡大していった。(p211)


 歴史の終わりと始まり
 しかし、「全体的国家」の確立とこれによって果たされるドイツ史の「成就」が必要だという、ゲッベルスの信念には、さらにまた別の思考形態が含まれていた。それは、第三帝国のイデオローグ全員の歴史像にとって重要であり、ナチスの自己理解には不可欠の中心的価値をもつ思考形態、つまり終末論的観点である。ナチズムの全体主義的世界観の実現によって、ドイツ史はその最高点に達するばかりか、同時にまた、ドイツ史そのものが終焉するともみなされたのである。ドイツ史は世界観的全体性のユートピアにおいて止揚される。もはや緊張や矛盾や対立の余地がなく、したがって最終的には、行動と反動の生き生きとした力試しの中で歴史的政治的状態が実り豊かに発展し続ける可能性をも排除するユートピアにおいて。歴史的ダイナミズムは、民族的「統一」の永続的な調和という静態的状態に席を譲り、こうして傾向としてはダレーやヒムラーの場合と同じようなやり方で勢いを奪われた。むろん、この二人の場合には、終末論的観点と歴史の止揚は、人種思想の直接的結果であり、この人種思想が歴史的生成を生物学的存在へと転換し、歴史を「純粋な」血と人種的質の一種の継承伝達メカニズムへと変質させた。それに対して、ゲッベルスの場合、歴史の終焉は、あらゆる社会的・精神的多元性を完全に見分けがつかないまでに均一化する全体主義的共同体という彼の社会主義的モデルの帰結であった。
 ゲッベルスの理解によれば、ナチズムが引き起こすとされた歴史のこの「完成」のために、ナチズムの作用は世界史的革命という特質を獲得する。この革命は、通常の歴史的変化の規模をはるかに凌駕し、過去にみられた諸民族の運命の「まさに偉大な」変化にのみ匹敵するものである。実際ゲッベルスはまた、一部表現の細かな点までヒトラーの発言に似たやり方で、第三帝国の確立を「世界の転換」、「新たな時代」の始まり、「これまでの世紀の中で最大の精神的政治的革命」だと称揚した。この革命は、彼にとって、これまでの歴史発展の終焉を画するばかりか、同時に新たな世界の見方――その広がりはもちろん、伝統的な歴史過程から完全に解き放たれ、通常の歴史カテゴリーではもはや把握できない――をもたらすものであるだけに、ますますそうであった。したがって、歴史の終焉は両義的な意味をもっていた。それは過去のものの完成であると同時に、未来のものの開始ないし約束でもある。ゲッベルスによる世界史的時代転換のこうした両義的な評価には、そもそも歴史の実際的な価値の両義的評価が対応していた。このことは、彼が個々の歴史現象――その教訓的な側面や、自分たちの現在にとっての模範性、しかしまた、このような歴史的模範や教訓を引き合いに出すことに必然的につきまとう限界――を具体的にどのように扱ったのかをみれば明白となる。(p220)