ローゼンベルク

『ナチズムの歴史思想』フランク=ロタール・クロル

 ローゼンベルクによる歴史考察の出発点、さらに彼の世界観全体、めざされた「新たな世界像の構築」の基礎をなすのは、彼がもったいぶって「コペルニクス的業績」と述べた「人種の魂の発見」であった。「人種の魂」こそ、すべての民族と、民族に備わる文化的能力の創造的業績能力とその限界とを規定する根本要因だとされた。……また同様に、そのような見方は、たとえば、もちろんちがったやり方でではあるが、各民族にそのあらゆる行動の中に発現する独自の「原理」を認めたヘーゲルの民族精神という理念や、あるいは、再びちがった仕方でだが、ドイツ・ロマン主義や歴史法学派の民族性概念、および、とりわけレオ・フローベニウスやオスヴァルト・シュペングラーのような同時代人の文化圏理論の基礎にもあったものである。(p86)


 ローゼンベルクは、ヨーロッパがアフリカやアジアを植民地化しようとする行動を、自分たちの生活形態が模範だという観念に取りつかれて、異民族に西欧文明と西洋的道徳観念の恵みを無理強いしようとするものだと批判し、一見すると、異なる民族の性格の「相互尊重」をめざした「真の」文化多元主義の擁護者としての実を示したかにみえた。だが、この場合にも、彼の立場は実践的政治的影響において致命的な性格をもっていた。ローゼンベルクはこの点に関する核心的発言において述べている。「アフリカに独自の国家がないことは、世界政策的には、植民地に対する白人の権利を意味する。しかし、この権利からは、自由主義的な『教育思想』を全部……除外するべきである。まったく種類を異にする黒人を「ヨーロッパ的な文化人」にしようとして彼らの魂を分裂させるべきではなく、彼らにその思考と感情をみずから形成させるべきなのである」。(p96)


 優越のドグマとしての選民信仰
 ユダヤ教には、自分たちは神の同盟締結のパートナーという特別な仕方で神に評価されているのだという、深く定着した意識がある。この意識から出発してローゼンベルクは、ユダヤ人気質にはエリート主義的優越感情があり、これは他の宗教所属者との実生活上の交際の中で傲慢、不寛容、容赦なさ、すべての非ユダヤ教徒への限りない軽蔑となって如実に現れているとした。いわく、ユダヤ人相互の関係と「不信心者」に対するユダヤ人の態度との区別は、ユダヤ教の倫理法に深く根ざしており、これに照応して、ユダヤ的法意識は異なる宗教の信者に対するありとあらゆる非道徳的態度をはっきり是認している。敬意を払いつつ受け入れられる「隣人」は、つねに「他の」ユダヤ人だけなのである。
 それにもかかわらず、ユダヤ人は、再びその選民意識の帰結なのだが、厳格な血を絆とする排他性を守って、その「人種的核心」を「純粋に保つこと」に努め、彼らがそれぞれ所属する「ホスト民族」の国家的文化的生活に生産的な形で参加することをすべて厳しく回避している。むしろ、ユダヤ人は「諸民族のカオス」を計画的に誘発してユダヤ人の世界支配に道を均すために、ホスト民族の倫理的・道徳的な破壊を体系的に推し進め、国家内部の対立をあおり、ヨーロッパ諸国家相互の緊張を高めている。(p99)