われわれの事業

ヒトラーの遺言』マルティン・ボルマン

 われわれの事業を完成するためには、平和にもまして、われわれが必要としたものはなかった。私はつねに平和をさがし求めていた。しかしわれわれの敵どもの意志は、否応なしにわれわれにこの戦争をおしつけた。戦争への煽動がはじまったのは、すでに一九三三年一月、すなわち政権掌握の日以来のことである。
 それには、二つの戦線が存在していた。一方の側には世界中のユダヤ人とその共犯者たち、もう一方の側には民族のための現実の政治をめざす指導者たち、この両者は歴史の流れの中でいつの時代にも、和解の不可能な陣営として対決していた。一方の人びとは、抽象的な個人の幸福をめざして努力するとともに、その普遍的な解決という虚像を追求している。他方の人びとは行為の人間であり、現実の人間である。国家社会主義が知っているのはドイツ人であることだけであり、したがって国家社会主義にとって関心があるのはドイツ国民の幸福だけである。
 普遍主義者、理想主義者およびユートピア論者には、確たる目標がない。彼らは到達不可能なパラダイスを約束して、それで世界を欺いている。しかしながら、彼らがどのように変身しようとも、あるいはキリスト教徒に、共産主義者あるいは自由主義者に、馬鹿正直な人間あるいは厚顔で悪意をもった詐欺師に変身しようとも、彼らはことごとく人類を抑圧するためにはたらいている。しかし、私はつねにこの世界において可能なるもの、およびわれわれの力の領域内にあるものだけを、私の国民のために目標として見失うことはなかった。それはすなわちドイツ国民の精神的および肉体的幸福ということである!
 私はつねに、私に守れること、そしてまた守ろうと固く決心したことだけを約束してきた。それは、私がみずから招いた底知れぬほど深い憎悪の根拠の一つである。まさに私が、私のすべての敵のように、不可能なことは約束しなかったために、彼らの計画は台なしになってしまったのである。
 私は、人類の使徒とか職業政治家とか称する人びとの仲間から別のところにいる、独立独歩の人間として終始した。彼らが極秘にしていた秘密とは、実は人間の無知をとことんまで利用することである。
 国家社会主義の理論は――しかも、私はこのことをくりかえしくりかえし強調してきた――輸出するためのものではない。それは、ドイツ国民のためにのみつくられたものである。したがって、国家社会主義の要求は、いずれも必然的に、限定された、そして達成可能な目標だけに向けられている。したがって私は、分割不可能な平和についても、分割不可能な戦争についても信ずることはできない。(p91)