「侵略国」対「平和愛好国」という神話①

『戦後が戦後でなくなるとき』大澤正道

 現状維持と現状破壊の戦い
 一般に流布されている史書によれば、第二次世界大戦は日・独・伊など枢軸国の全体主義(ファシズム)に対する米・英・ソ・仏・中など連合国の民主主義の戦いとされている。あるいはもっと露骨に日・独・伊などの「侵略国」に対する米・英・ソ・仏・中などの「平和愛好国」の戦争といわれることもある。
 これらはいずれも連合国側の主張である。しかし大戦当時、枢軸国側はもちろんこのような主張を受け入れなかった。枢軸国が連合国に対抗して打ち出したのは、「持てる国」対「持たざる国」の戦いという主張である。これはブルジョア(持てる階級)対プロレタリア(持たざる階級)というマルクス主義の公式を、地政学的に置き換えたものともいわれるが、日・独・伊の貧しい国民には訴求力があった。
 最初の提唱者はヒトラーらしいが、別にヒトラーの独創でもない。富める国と貧しい国との対立抗争はいわば国家永遠の課題といっていいからである。たとえばヒトラーよりずっと早く、第一次世界大戦終結直後に、二十八歳の青年近衛文麿は「英米本位の平和主義を排す」(『日本及日本人』大正七年十二月号)と題する論文で、今回の世界大戦(第一次世界大戦)は「現状維持を便利とする国と現状破壊を便利とする国」との戦争だと言い切っている。この定義はそのまま第二次世界大戦にもあてはまるだろう。
 さらに近衛は平和主義と軍国主義についてこう述べている。ある国が平和を唱えるのは現状維持がその国の国益にかなうからであり、他の国が戦争に訴えるのは現状破壊がその国の国益となるからにすぎない。したがって平和主義を主張する国が正義人道にかない、軍国主義を唱える国が正義人道に反するとは必ずしも言えない。問題は現状がどうなっているかにある、と。(p91)


 この近衛論文は二つの意味で注目するに足りるといっていい。一つは「英米本位の平和主義にかぶれ」た、大正リベラリズムの実体を見事に暴いてみせた点である。大正リベラリズムは一見、国際的に開かれた理念のようにみえるが、その国際政治の認識は文字通り皮相そのものだった。国際政治の建前と本音が見抜けず、建前を本音と取り違えて平和の歌を歌っていたのである。そのざまは戦後民主主義と同じだ。
 二つめは身もふたもないくらい、国際政治の偽善を暴いた点である。近衛にいわせれば第一次世界大戦はその当時、ウィルソン米国大統領らが高らかに唱えていた軍国主義を打倒する民主主義の戦争、「戦争を終わらすための戦争」というような理念戦争ではなかった。現状維持か、現状破壊かをめぐる国家間の権力政治の戦いであった。一見、理念戦争仕立ての方が格好よくみえる。だから多くの知識人はそれを真に受けて感奮してしまったのである。だが近衛は理念の背後にある現実を見失わなかったのだ。
 もっともウィルソンらの演出効果もあって、戦争の質そのものが十八世紀的な世俗戦争から理念戦争へと変わってきたところまでは、近衛は見抜いていない。近衛には国際連盟は米・英が現状の覇権を維持するためのからくりとみえた。だが国際連盟を提唱したウィルソンにとって、それは覇権を維持するためのただの隠れ蓑ではなかった。ウィルソンは従来の国際政治の勢力均衡体制に代わる、新しい安全保障体制の国際機構を作ることなしに世界平和の維持は不可能だと、本気で考えていたのである。
 これが二枚舌のからくりであれば、まだ救われる。なぜならその場合はまだ権力政治という現実の原点は見失われていないからだ。だが旧来の権力政治を全面的に否定し、それに代わる新たな理念の実現をめざして突進するとなると、これは国際政治の革命的な転換に等しい。事実、ウィルソンの後継者だったルーズベルトはこの転換を「世界史の新しい段階」と豪語している。そうなると現実は理念の背後に隠れてしまう。現実と理念との平衡は崩れ、その揚げ句、戦争は理念戦争へ、絶滅戦争へと向かわざるを得なくなる。権力政治の現実を振り払って、ひたすら平和十字軍の兵を進めようとしたところにウィルソンの悲劇があり、ウィルソンの米国が英国に代わって世界覇権の主導権を握った結果、それは二十世紀の人類の悲劇ともなったのである。
 このことを明快に語っているのが、G・ケナンの『アメリカ外交五十年』(一九五一年、増補版一九八五年)である。(p92)