私の再軍備観

『回想十年(中)』吉田茂 中公文庫

 私の再軍備

 一、私は何故再軍備に反対か

 反対する理由三つ
 再軍備の問題は、私の在職中、特にその後半における最も大きな問題の一つであった。大きな問題といっても、私自身は再軍備をしようなどと考えたこともないし、むしろ逆にこれに反対し続けて来たつもりである。だから、もし、私の在職中の政策上の重大問題であったというならば、少しもそれは問題であったことはない。しかし、或る時は外交応酬の話題として、或る時はまた国会質疑の対象として、また或る時は国内政治の争点として、終始再軍備が私どもにまつわったことは間違いない。(p44)


 私はその際再軍備論に対して、正面から反対した。理由は前述の通りである。しかし、講和独立後の国土防衛を如何にするかは、依然として重大な問題であった。(p46)


 二、「戦力なき軍隊」の由来

 戦力違憲論争の発端
 第八回国会で警察予備隊を中心に発せられた質問に対して、私は「これは治安維持の目的以上のものではない。国連加入の条件であるとか、その準備であるとか、再軍備のためであるとか、そんな意味は全然含んでいない。目的は国内治安の維持であり、その性格は軍隊ではない」と答えたが、これが発端となって、かの戦力論議をも含む違憲論が始まったといってよかろう。憲法にいう「戦力」に対する質問が、予備隊と関連して提起されたのも、この国会であった。すべて国会の質疑に対する政府の公式の見解表示は、申すまでもなく、法制当局その他政府部門の合議検討によって確定されたものに基いて、私なり、他の担当大臣なりが答弁に当るのであるが、この時「戦力」については、当時法務総裁であった大橋武夫君から「近代戦争を遂行する程度に達した軍事的装備をなす場合には、憲法によって保持を禁ぜられる。しかし、その程度に達しない方法によって防衛的措置を講ずることは、第九条第二項の関するところではない」と答弁している。また「再軍備を米国から要請されたらどうするか」という質問も出た。これに対しては「憲法の条章は飽くまでも守るべきである、仮りに再軍備の要求があっても受諾すべきではない」と私から答弁している。(p50)


 いずれにしても定義の問題
 私どもは予て研究の結果、交戦権の認められないものを、果して真の軍隊といえるかどうかは疑問だったが、しかし、呼称の問題にこだわる必要もないから、定義如何によっては自衛隊を軍隊と呼んでもよい、またその装備編成が戦力の規模に達しない限り、憲法に違反することもない、という態度をきめていた。そこで、私は国会における右の質問に対し「自衛隊が軍隊であるかどうかは、”軍隊”の定義にもよることであるが、憲法上交戦権が制限されている以上、これを普通の意味において軍隊といえるかどうかは疑わしい。しかし、いずれにしても、定義の問題であるから、戦力に至らしめない条件の下に、軍隊と呼んでもよかろう」と答えた。
 ところが、この国会の問答から、誰いうとなく、”戦力なき軍隊”という言葉が行われはじめた。私はそれで結構だと思った。軍隊と呼びたければ軍隊でよいし、それにはいわゆる戦力は欠けているのだから、日本の自衛隊は正に戦力なき軍隊であるかも知れない。私はこの呼び方を、むしろわが意を得たりとさえ思ったのである。だが世間の批判はさらに躍進して、政府の見解が一歩を踏み出したとか、解釈が変ったとか、あるいは偽瞞的再軍備であるとか、いろいろの攻撃的批判が盛んになった。しかし、政府の根本態度は少しも変らないのであって、従来の予備隊、保安隊の当時は、直接侵略に対抗するという任務が特になかったから、そこまで立ち入った説明をする必要がなかっただけの話である。説明を附け加えた点はあっても、解釈が変ったということではない。また偽瞞的というけれど、この解釈は法務府法制局で法律専門家の検討の結果に基くものであり、またこの説を支持するものは学者の間にもある。私は当時どこを押しても恥かしくない立派な解釈だと信じていたし、今日でも、同じように信じている。(p55)