ミール共同体

『世界史の構造』柄谷行人 岩波現代文庫

 晩年のマルクスは、ロシアのナロードニキであった女性活動家、ザスーリチからの質問を受けた。ロシアのナロードニキは、バクーニンにならって、ロシアの農業共同体にコミュニズムが生きているという事実を高く評価した。しかし、これはそのまま、未来の共産主義に転化できるのか、それとも、資本主義的な私有化によって解体される過程をいったん経なければならないのか。それがザスーリチの問いであった。マルクスはその返事を書くのに長い時間をかけた。それはこの時期、モーガンの『古代社会』を読み、ある考え直しを強いられていたからである。
 マルクスはもともと、未来の協同社会(アソシエーション)において原始共産制が高次のレベルで回復されるというヴィジョンをもっていた。しかし、これはマルクスだけでなく、一般に社会主義者がもっていたものだ。テンニースが定式化したように、ゲゼルシャフトの上にゲマインシャフトを回復するという見方は、むしろロマン主義的なものである。壮年期のマルクスはこうしたロマン主義的傾向を拒んでいた。彼が晩年において、社会主義を「共同体」の高次元での回復とみなすようになったのは、ロマン主義的な観点からではない。そのきっかけは、おそらくモーガンの『古代社会』を読んだからだと思われる。モーガンは、氏族社会に、たんに平等であるだけでなく、独立的である人々を見出した。それは戦士=農民共同体である。彼の考えでは、古代ギリシアの民主主義はそれを受け継ぐものであった。したがって、マルクスが回復すべき「模範」として見出した氏族的共同体は、その上位集団に決して従属しないような共同体である。つまり、マルクスは氏族社会に関して、そこに保持された遊動民以来のあり方を範としたのである。(p419)