「ほんとうの悪夢」――WTO

モンサント』マリー=モニク・ロバン

 知的所有権協定の裏側――WTOにうごめく多国籍企業

 GATT(「関税および貿易に関する一般協定」)とは、一九四七年に、当時の資本主義国の勢力によって、国際貿易の関税を調整する目的で組織された会議である。一九八六年、プンタ・デル・エステ閣僚会議が開かれた。この会議は「ウルグアイラウンド」と呼ばれ、GATTの歴史のうえに大きな転回点を刻んだ。というのも、とうとうGATTの全参加国が調印し、この会議そのものが終結したからである。この八回目の最終ラウンドとなる政府間貿易交渉は、一九九四年まで審議が継続されたのだが、そこで合衆国政府は、それまで合衆国内でしか議論されていなかった四つの領域を、交渉案件に含ませることに成功した。それは農業・投資・サービス(通信・輸送など)、そして知的所有権という四つの領域である。ここで私たちの関心事である知的所有権について言えば、GATTの交渉に知的所有権を含めることを正当化するために、合衆国通商代表部はこう述べている。「合衆国の多国籍企業の約二〇〇社が、一部の国、主に南側の国において知的所有権が適切に保護されていないために、年間二四〇億ドルの損失を被っている」。これはケベック大学の論文からの引用である。
 そもそもGATTは、関税に関する交渉を行なう会議にすぎなかったのに、そこに新たな主題を含めることは、激しい混乱を引き起こした。というのも、ヴァンダナ・シヴァが強調するように、そこでは「貿易を超えた問題」、つまり「働く権利」や「健康への権利」「食料への権利」「自己決定の権利」といった「基本的な権利」が扱われたからである。(p474)


 WTOは本部をジュネーブに置き、その設立文書は二九領域にわたる協定から成り立っている。WTOの目的は、あらゆる財とサービスを、市場原理に従わせることにある。そして、従来は政府と市民に割り当てられていた領域が民間企業の領域に移され、政府と市民はそれに口出しをすることができなくなった。しかし、それらの領域と商業の関連はあまりに不透明であり、協定の起草者たちも「商業関連」というあいまいな言い方でごまかしている。しかし、そこに隠された意図は明らかだ。(p475)


 とりわけ「TRIPs(知的所有権の貿易関連の側面)の協定については、カナダの研究者たちが述べているように、「その大部分は知的所有権委員会(IPC)に集まった複数の企業によって作成された」ことが明らかになっている。その中には「バイオテクノロジー分野の大手企業」も含まれており、もちろん業界一位のモンサントも名を連ねている。……
 IPCは、ヨーロッパ産業界の代弁者であるUNICE(欧州産業連盟)、日本の企業経営者団体である経団連に連絡を取り、それらと共同で文書を起草し、一九八八年六月にGATTへ提出した。……
 モンサントは自社の知的所有権を当然のものとみなしており、このような「GATTに対する脅迫文」を否定するどころか、一九九〇年六月のインタビュー記事では、正面からGATTに要求を突きつけている。その後、大いに話題になったこの記事を読むと、最初からIPC(知的所有権委員会)はGATTに攻撃をしかけるために設立されたことがわかる。その記事でモンサント社のジェームズ・エンヤート国際事業部長はこう語っている。「設立されたばかりのIPCの最初の仕事は、合衆国に対してではなく、ヨーロッパや日本に対して、当委員会の活動がもたらす利益を理解してもらうことでした。私たちは共通認識をもってもらうために、ヨーロッパと日本への説得を重ねました。それは容易な仕事ではありませんでした。それでも、最終的に私たちは『三位一体』になりました。そして先進国の特許制度の議論からはじまり、最後には、あらゆる形の知的所有権の保護体制についての基本原則をつくりあげたのです。……こうして私たちは、GATTの中枢に入り込んだ最初の企業グループになりました」……
 IPCによる狡猾なロビー活動にもかかわらず、TRIPs協定がカバーする多くの部門(著作権、商標、産地名、工業デザインと工業モデル、機密情報、企業秘密の扱いなど)のうち、モンサントにかかわる領域で議論が紛糾した。それにより、一九九五年の設立以来ずっと議論を強引に進めてきたWTOも、さすがに身動きが取れなくなったのである。(p475)


 「TRIPs協定と生物多様性条約は、両立できるものなのでしょうか?」
 「まったく不可能でしょうね。というのも、この二つの文書は矛盾しているからです。それが理由で合衆国は生物多様性条約に署名しなかったのです。ただし問題は、TRIPs協定のほうは生物多様性条約よりも上位に置かれているということです。というのも、TRIPs協定のほうはWTOの管轄領域だからです。WTOは、モンサントのような多国籍企業の操り人形なのです。そしてモンサントは、貿易のグローバル化を隠れ蓑にしながら、実際に世界を支配しているのです」
 この言葉は誇張されすぎていると感じる読者のために、二〇〇〇年六月に国連人権促進保護小委員会が発表した報告書を引用しておこう。
 「国際貿易の大部分は、巨大な権力をもった多国籍企業にコントロールされている。このような状況において〔WTOの〕諸規制が依拠している自由貿易の概念は、単なる欺瞞でしかない……。人類の一部、とくに南側の発展途上国にとって、WTOは、まさに悪夢である。そして、この悪夢の原因こそ、その欺瞞なのである」(p479)