種子の密輸によって広まったGMO

モンサント』マリー=モニク・ロバン

 「遺伝子組み換え種子は、非合法なルートで入ってきます」と、彼は緊張した笑みを浮かべながら話してくれた。「私たちは”白カバン”と呼んでいます。それは白い袋に入っていて、どこで生産されたかも書いていないからです……」
 「それは、どこから入ってくるのですか?」
 「ほとんどはアルゼンチンからですが、ブラジルからも多少入っていますね……」
 「この密輸を取り仕切っているのは、誰なのでしょうか?」
 「パラグアイの大豆生産業者たちです。彼らはアルゼンチンの仲間と緊密な関係をもっているのです」
 「この密輸に、モンサントが何らかの役割を果たしていると思いますか?」
 「その証拠はありませんね……。しかし、遺伝子組み換え技術に関与している企業が、自分たちの開発した品種を売りさばこうとしているというのは、ありえることです」……
 「これは、仕組まれた罠だとは思いませんか?」
 「うーむ。たしかに私たちだけでなく、ブラジルも同じような事態に直面していますからね……」
 パラグアイで起こっていることは、ブラジルで起こったことと不思議なほど一致している。一九九八年、ラウンドアップ耐性大豆が北米のプレーリー地帯やアルゼンチンのパンパ平原に広がっていたころ、モンサントは、世界第二位の大豆生産国のブラジルに手を出しはじめた。グリーンピースとブラジル消費者保護研究所(IDEC)の告発によって、さしあたりGMOの市場出荷は停止された。停止された理由は、「これまでのところ〔GMOの〕環境への影響および消費者の健康へのリスクに関する研究がまったく行なわれていないため」、GMOの出荷は、一九九二年にリオデジャネイロで署名された「生物多様性条約の予防原則に反する」というものであった。……
 二〇〇二年、「ルラ」すなわちルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァが、四度目のブラジル大統領選でようやく当選を果たした[任期二〇〇三~二〇一一年]。その選挙でルラは、GMOに反対するキャンペーンを展開したのだが、その時点でGMOは、すでにリオ・グランデ・ド・スル州の全体に広がっており、さらにパラナ州マトグロッソ・ド・スル州にも広がっていた。(p420)