GMO農業は「経済的災害」

モンサント』マリー=モニク・ロバン

 つまり、アイオワ州の農家の帳簿を調べるために各役所をまわり、二〇〇〇年に在来品種の大豆を栽培した六四か所の農地とラウンドアップ・レディ大豆を栽培した一〇八か所の畑について、その支出と利益を比較したのである。その結果は一目瞭然だった。生産に関連するあらゆる要因(種子の購入費、除草剤消費量、収量、燃料代、肥料など)を考慮すると、一エーカーあたりの赤字額は、在来大豆の生産者が〇・〇二ドルであるのに対して、遺伝子組み換え大豆の生産者は八・八七ドルであった。この調査が行なわれた時期が、除草剤の「価格戦争」が熾烈を極めた時期だったことに注意するべきだろう。除草剤の値下げにより、おそらく請求書の額は例年より減っていたはずである。また当時は、雑草のラウンドアップ耐性がそれほど問題になっていない時期でもあった……。さらに、マイケル・ダフィーは、Btトウモロコシと在来種のトウモロコシについても同様の調査を行なった。するとBtトウモロコシの生産者は一エーカーあたり二八・二八ドルの赤字であるのに対して、在来品種のトウモロコシ生産者は二五・〇二ドルの赤字だった。
 いずれにせよ、農民たちが穀物を生産することによって赤字を出していることには驚かされる。(p345)


 その点については、GMOに関する別の事情を考慮に入れなければならない。GMOは、アメリカからヨーロッパへの輸出を停滞させ、そのために価格の下落を招いた。欧州委員会は当初、合衆国やカナダで生産された遺伝子組み換えの大豆、トウモロコシ、菜種(アブラナ)の輸入をためらうことなく承認した。しかし消費者の圧力を前にして、一九九九年六月二五日、GMO作物の輸入に五年の猶予を設けることを宣言せざるをえなくなった。その後、一九九九年一〇月二一日には、GMO製品に表示ラベルを付ける義務を課した。欧州委員会アメリカとカナダから激しい抗議を受けることになり、また北米大陸の平原でも大混乱が起こった。一夜明けると、仲買業者は農家に対して、遺伝子組み換え品種と在来品種の収穫物を分別して渡すよう要求するようになった。さらに、仲介業者は在来種の収穫物には特別手当を上乗せして農家に支払うようになった。(p346)


 こうして事態はどんどん悪化した。アメリカ農務省によれば、一九九六年から二〇〇一年にかけて、ヨーロッパへのトウモロコシの輸出は九九・四%も落ち込んでいる。これは年間三億ドルの損失である。……
 その結果、アメリカ政府は農民の所得を補償するために、アメリカ政府は農民の所得を補償するために、予算を切り崩してでも特別補助金を支払う必要に迫られた。一九九九年から二〇〇二年の間に、総額一二〇〇億ドルの特別補助金が支払われたと推計されている。二〇〇二年五月、アメリカの連邦議会上院では、その後一〇年間にわたって一八〇〇億ドルの補助金を支出することを定めた新「農業法」をめぐって投票が行なわれた。ソイル・アソシエーションの言い方を借りれば、これも「GMO農業の経済的失敗を農家に隠すため」の手段の一つであった。
 二〇〇〇年初めにカナダと合衆国の農民たちがモンサントと衝突した事件も、これと同じ背景に由来している。そしてモンサントは、GMOの拡大戦略が大失敗であったことを認め、遺伝子組み換え小麦の開発断念を迫られたのである。(p347)