アスパルテーム

モンサント』マリー=モニク・ロバン

 当時、サール社はFDAと衝突していた。合成甘味料のアスパルテームが脳に腫瘍を引き起こす可能性があるという激しい議論が起こり、その販売差し止めをFDAが決定したのである。興味深いことに、「ニュートラ・スイート」の名で販売されたこの製品は、一九八一年、誕生したばかりのロナルド・レーガン政権にドナルド・ラムズフェルドが加わると、ふたたび販売が認可された。そうした状況の中で、「アスパルテーム論争」を取りまとめる役目にあったロバート・シャピロが、ニュートラ・スイート事業部長に任命された。シャピロは、コカコーラ社と交渉して、新製品「コカコーラ・ライト」にこの甘味料を導入させることに成功した。この事実は、彼のたぐいまれな能力を示すものと言ってよい。コカコーラ・ライトのビンには「ニュートラ・スイート」の文字とともに、サール社のロゴマーク(小さい渦巻き)が印刷されるようになった。その結果、アスパルテームを製造する競合他社は、コカコーラ社に製品を売ることができなくなった……。
 一九八五年、サール社はモンサントに買収され、モンサントの医薬品部門となった。これは、モンサントが牛成長ホルモンの市販認可を要請していた時期にあたる。そこでロバート・シャピロは能力を発揮し、一九九〇年にモンサントの農業部門の部長となる。商品名「ポジラック」、すなわち牛成長ホルモン(rBGH)の事案を処理したのは、この当時のシャピロであった。(p292)