相変わらずの否認

モンサント』マリー=モニク・ロバン

 「多くの科学的な調査研究、内部文書、証言記録がはっきり示しているにもかかわらず、セントルイスのこの企業家たちは、アニストンの生態系と住民の健康に壊滅的な被害を与えたことについて、自分たちに責任はないと主張しつづけたのです」とカーペンター教授は言った。彼は、訴訟の際に科学的な専門家証人として召喚された。ケン・クックは「たしかにモンサントの連中には、犠牲者を哀れむそぶりは、いっさい見られませんでした」とカーペンター教授の言葉を認めた。「彼らは、一言も謝罪しなかったし、申し訳なさそうな態度もみせなかった。ずっと否認しつづけたんですよ。彼らの言いわけは、ようするにこうです。『私たちは、PCBが危険であることを、一九六〇年代の終わりまで知らなかった。しかし、その危険性を知ってからは、速やかに政府各省とともに問題解決に向けて対処した』というわけです」
 訴訟記録を読むと、この会社の幹部たちの横柄な態度には、恐怖さえ感じる。彼らは、自分たちの非を認めるどころか、その反対である。(p51)


 二〇〇二年二月二三日、五時間にわたる討議の後、陪審団が評決を下した。陪審団は全員一致で、モンサントとソルーシアが「アニストン地域とその住民の血液をPCBで」汚染したことを認め、両社に有罪判決を下した。……その後、陪審員たちは、測定された血中PCB濃度を目安に、被害者が受け取る一人当たりの損害賠償額を見積もり、その地域の除染プログラムにかかる費用の合計を出した。(p52)


 司法判決の一か月後、アメリ環境保護庁(EPA)――二〇年以上も何もしてこなかった――は、ソルーシアと協力して工場敷地内の除染対策を講じる決定を発表した。この決定は、汚染する側の企業にはきわめて好都合で、陪審員たちの努力を水の泡にするものだった。この決定に対して、リチャード・シェルビーというアラバマ州選出の上院議員が激怒して、環境行政の監視を任務とする委員会に乗り込んだ。その時、EPAの副長官リンダ・フィッシャーが、じつはモンサントの元幹部だったという事実が判明した。(p53)