インドの森林事情

『世界の森林破壊を追う』石弘之

 インド

 一六世紀まで北インドイスラムの制圧下にあり、一五二六年にバーブルによってムガール帝国が成立する。帝国の首都アグラは、人口五〇万人を超えてロンドンやパリよりも大きく、繁栄していた。
 当時、すでにヨーロッパの列強が、香辛料を求めて喜望峰まわりでやってきて、インドから東南アジアにかけて、ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスがはげしい覇権競争を展開していた。イギリスは一六〇〇年、オランダはその二年後にそれぞれ植民地経営の拠点となる「東インド会社」を設立した。
 最終的に一七五七年、イギリスの東インド会社軍はプラッシーの戦いムガール帝国ベンガル太守と後ろ盾のフランスを破り、インドへの支配を確立した。フランスはこれを機に、インドシナ半島の植民地化に転じた。
 イギリスはあらゆる手段を動員してインドを征服していった。スエズ運河会社の株買収、エジプトの占領、キプロス島の領有、アフガニスタン保護国化と、インド周辺を着々と固めた。インドは、工業製品の大市場、食糧と工業原料の供給地、低賃金の労働力市場として、イギリスの繁栄を支える要となった。一九世紀前半には、イギリスがインドから本国に毎年送り出す富は、インド人六〇〇〇万人の総収入よりも多かったといわれる。
 イギリスのインド支配の拠点となったボンベイ(現ムンバイ)の周辺では、農民は穀類以外に、木綿、砂糖、藍、阿片、アブラナ、タバコのような商品作物を栽培していた。この阿片は、綿織物とともに中国に輸出されて、茶の代金にあてられた。(p37)

 

 村の周辺にはまだ多くの林が残されていた。この森林は農民にとっては、家畜の放牧地、燃料材や木材の伐採、あるいは凶作のときに救荒食糧を得る入会地として重要だった。しかし、イギリスはこうした森林はムダと考え、耕地に変えて輸出用の商品作物をつくらせようとした。開墾を促すために、開墾した農民に土地の権利を与えた。このために急速に森林が消えていき、森林に住む少数部族は追われ、土壌侵食や洪水が増えていった。(p38)

 

 インドはかつて、国土の約八割が森林で覆われていたと推定される。インドの巨大な人口が必要とする燃料や建築資材は、何世紀にもわたって大きな木材需要を生みだしてきた。それでも、一八〇〇年以前にはまだ半分は森林が残されていた。運搬手段がないため木材の商業利用は限られており、さらに森林に住む少数民族の抵抗やタライ平野のようにマラリアの流行によって手がつけられない地域もあり、太守や藩主の狩猟場としても広大な区域が保護されてきた。(p42)

 

 インドの森林は一九世紀にはいって、大きく変貌を遂げた。商業伐採の進行に加え、商品作物の生産が拍車をかけた。最大の商品作物は茶であった。……
 アッサム地方の茶プランテーションは森林を伐採した丘陵地につくられ、一九〇〇年には七六四の大農場が総計一五万ヘクタールもの茶畑を保有していた。茶摘みの時期には、一日一ヘクタールあたり一〇〇人もの労働力を必要とした。
 このために、製茶会社は多数の労働者を雇い、一九〇〇年にはアッサム地方だけで四〇万人もの労働者が他から連れてこられた。こうした労働者のほとんどは低賃金で奴隷なみの生活を強いられた。茶摘み労働者として各地に移動させられた民族が定着して、その土地で少数民族となったために今日でも民族抗争の原因となっている。(p42)

 

 インドの自然災害に関する新聞記事の切り抜き帳をひっくり返すと、毎年のように「史上最悪の干ばつ」「独立以来最大の洪水」といった最上級の形容詞がくりかえされている。これはとりもなおさず、災害の規模が年々大きくなっていることを意味する。実際に一九六〇年以降、災害の規模はますます大きくなり、被災者の数もうなぎ登りに増えている。
 インド政府洪水委員会によると、洪水の常習地帯は一九六〇年には二五〇〇万ヘクタールほどだったのが、現在では四〇〇〇万ヘクタールと、日本の面積を上回る一帯がひんぱんに水浸しになる。その一方で、国土の八〇%は、慢性的な干ばつ地帯である。(p47)

 

 世界の人口の一六%、家畜の一五%を抱えるインドには、森林が世界の一・七%しかない。この森林不足国は、また新たな事態に直面している。最近、インド政府が補助金を削減したために、調理用のガスや灯油の価格が値上がりして再び薪への依存が高まってきたのだ。すでに、木材の総生産量のほぼ半分が薪と炭の燃料用である。(p48)

 

 国連人口基金(UNFPA)が二〇〇〇年に発表した『インドの人口と森林』の報告書は、「薪は農村の四分の三以上、都市部でも三分の一近くの家庭の台所で使われている」として、都市部でさえ貧困層が調理のために薪を使わざるを得なくなって、都市周辺の森林の消滅が加速している現状を憂えている。そして「乱伐が深刻な土壌侵食、森林火災の多発を招いている」と警告している。
 森林減少の影響は自然災害の急増だけでなく、女性への過重な労働負荷となって跳ね返っている。(p48)

 

 一〇億人を突破したインドの人口は、二〇五〇年までは増加を続けて一五億人を超え、中国を抜いて世界最大の人口国になると予測されている。これだけの人口が必要とする木材、燃料、林産品が将来的に確保できるかについては、悲観的な見方が強い。(p52)