タブノキ一本、消防車一台

『鎮守の森』宮脇昭 新潮文庫

 かつて私は神戸市の依頼によってこの六甲山から神戸地域を植物生態学の立場で現地調査したことがあった。最初にボルネオでテレビの速報を見たとき、まず思い浮かんだのは、その時から気になっていた、六甲山の急斜面である。花崗岩のもろい急斜面が崩壊したのではないかと思った。山の下のほうには、斜面に張りついて高級住宅街がある。しかし、かつてのハゲ山はすでに治山工事が行なわれ、土地本来のふるさとの木である常緑広葉樹を含む植樹がかなり行なわれていた。最も弱いはずの斜面下部の高級住宅街には鬱蒼と言っていいぐらいにアラカシ、ウラジロガシ、シラカシ、コジイ、スダジイ、モチノキ、ヤブツバキ、クロガネモチ、マテバシイなどを主とする土地本来の樹林が茂っている。冬も緑の常緑広葉樹の深根性、直根性の根群が、古綿を縄でくくるように岩を押さえていて、直下型地震の直撃を受けなかったことはあるにしても、まさに岩石のかけら一つ落ちていない。火災も起きていなかった。一方、小工場や店、住居が密集してほとんど樹林のなかった長田区などでは大きな被害が出ている。(p14)


 この冷厳な事実から、二十数年前、山形県酒田市で一八〇〇戸もの家が焼けた大火のことが思い起される。たまたま本間家という旧家に常緑のタブノキの老木が二本あった。酒田は常緑広葉樹の北限に近い。あの大火がそのタブノキのところでとまったのである。歴代酒田市長は我々の三年間の酒田市全域植生調査の結果を踏まえて、「タブノキ一本、消防車一台」というかけ声で小学校のまわりから下水処理場のまわりまで、タブノキを中心にウラジロガシ、アラカシ、ヤブツバキ、アカガシ、スダジイ、シロダモなどの幼苗を生態学的手法によって混植・密植したのだった。一〇年経って現地調査すると、下水処理場のまわりなどでは、小さかった幼苗が北限にもかかわらずもう七メートル以上の立派な冬も緑の常緑の森をつくっていた。(p16)