放置から再活用へ変わる山づくり

『図解これならできる 山を育てる道づくり』大内正伸 田邊由喜男 監修

 日本の私有林は小規模所有者が多い。山村は過疎化し、山林所有者の多くは高齢化し、手入れを放棄している例が大多数である。次世代の山林継承者はすでに町に家を建てており、連休や盆暮れしか戻らない。いずれ山林の境界すら解らなくなるだろう。いや、すでにそうなっているところがたくさんある。(p17)


 行政や森林組合は「伐り捨て(伐り置き)」でもいいから間伐することを薦めるが、現実的にはみな腰が重い。著者の住む山村では、各戸のお年寄りたちが、多かれ少なかれ山林を持っている。しかし自分の敷地の草刈りの手入れすら追いつかず、「とても山林まで頭が回らない」という。なにしろ公道の草刈りでさえ刈り手が足らず、除草剤に頼っているのが現状なのだ。
 しかし、本当のところは、先祖から受け継いだ木を換金できず伐り捨てるのは、やはり忍びないのではなかろうか。実際、私も山村に暮らし始めて、その心情はわかるような気がする。(p17)


 ところで「間伐材が使われないから間伐が進まない」とはよく言われることだが、実際には、間伐材を集材して市場まで出すには大変な手間がかかるから、引き合わないのだ。しかし四〇~五〇mピッチで作業道が入れば、樹高二〇mの木は道ばたで集材でき、手間は激減する。
 では、そんな道を入れる手間賃と、その道を利用して間伐した手間賃と、その材を市場で売ったお金を差し引いて、山林所有者にお金が落ちることになったらどうであろうか?
 所有者には、差し引きのお金の他に、環境的に甦った間伐された森と、崩れない作業道が残る。道があるので次回の間伐ではもっと多額の間伐収入が約束される。一度、道と間伐作業が入れば、境界もはっきりするので、山を相続するにも安心になる。ローコストな四万十式作業道なら、このようなことが可能なのだ。(p18)