環境林としての針広混交林――イワナの棲む森

『図解 これならできる山づくり』鋸谷茂 大内正伸

 大径材生産を目指せば、必然的に環境的にも優れた山になる、と書いた。環境林というと、誰しもブナ林のような広葉樹林を思い浮かべる。しかし森というものはそれほど単純なものではない。画家で山のエッセイの名手、辻まこと(一九一三~一九七五)の画文集『山の声』(ちくま文庫)の中に、こんなベテラン猟師との対話がある。
――カヤクボから下で本流に入っている小沢にも、もとはイワナがいっぱいいたそうだが今はダメだ。なぜだが判るかい
――みんな獲っちまったんだろう
私はキンサクに応えた
――ちがうね、育ちの早い黒木を植えたからだ。黒木ばかりじゃ魚がつかないんだぜ
――そういえば温泉場の爺さんも黒木の下の水は渋いから魚はつれないっていってたっけ
――水が渋いことがあるもんか。黒木ばかりだと陽が当たらないから、花の咲く草も木も栄えないんだ。花が咲かないから羽虫がこない、羽虫が卵を生まないから川虫がいない、川虫がいないからイワナが居着かないってわけだ。イワナばかりじゃない。羽虫がいなきゃ鳥もこない。鳥がこなきゃ巣もできない。巣がなきゃ卵もない。卵もなきゃ蛇もイタチもこない。下草もヤブもないからウサギもいない。だからイワナのいない沢には毛物もいない道理だ。黒木ばかりを育てて村の奴は山をダメにしちまうんだ。
――じゃブナ平みたいに葉の落ちる樹ばかりのところがけもの銀座ってわけか
――そこが難しいんだ。ブナやカツラやカンバばかりじゃダメだ明るすぎて。一本ずつそばに黒木があると一番だね。鳥でも毛物でもぱっと身を隠せる樹が欲しいんだ。岩も欲しいし日当たりのいい水場も欲しいってワケさ。けものみちをたどると、ちゃんといいとこばかり通っているよ。村の奴らもそういう景色に樹を植えれば、毛物もイワナもふえるのに、早く真直ぐ生える木で早くゼニをもうけようとするからダメなんだ。よつんばいになって山を歩けばすぐに判ることなんだ。   (「けものみち」)

 文中の「黒木」とはスギ・ヒノキなどの人工林のことである。黒木だけの荒廃した森には、魚も動物も居着かないのは当然として、かといって広葉樹だけより「一本ずつそばに黒木がある」針広混交林のほうが動物たちに棲みよい森であることを、このベテラン猟師の経験と観察眼が物語っている。(p58)