至極の食体験が心を変える

『百姓が地球を救う』木村秋則

 少年院に行ったこと、ありますか? わたしはあります。入れられたのではありません、ちょっと前に授業に伺ったのです。
 少年院には12歳から16歳未満の子どもがいる初等少年院と、16歳から20歳未満がいる中等少年院、そして犯罪傾向が高まった子どもを収容する特別少年院、また、心身に問題がある子どもが入る医療少年院があります。
 わたしが訪れたのは16歳より下の子どもたちが集まっている初等少年院でした。
 「更生教育のために農業をやらせたいんです。教えてやってくれませんか?」
 院長さんからそんな依頼が来ました。
 「革製品の加工やクロス貼り、クルマのタイヤ交換などをやらせていますが、なにか違うんじゃないかなぁと。カリキュラムをただ消化しているだけになっているようで……」
 とのことでした。
 一方、農業は土作りから始めて、環境を整備し、タネを蒔いて、農作物を一から育てなければなりません。そこには必ず心が伴いますので、若い人の人間形成には最適です。人作りができるのです。
 ただ、わたしにとっては思ってもみなかった依頼でもあり、さすがにちょっと躊躇しました。聞くところによると参加するのは男女合わせて18人。生意気盛りの少年少女を相手に百姓仕事を教えるのです。わたしにできるでしょうか……。

 意を決して臨んだ1回目、地域の方々が開放してくれた近くの畑に出かけて、みんな一緒に野菜のタネを蒔きました。やんちゃ坊主おてんば娘たちは、はっきりと壁をわたしに向けて作っていました。
 2回目、「また百姓仕事かよ」といった雰囲気がアリアリで、初回よりもさらに険悪です。
 しかし3回目、ぞろぞろと畑に出た瞬間、子どもたちの目がパッと輝きました。態度も一変、身体中に元気が漲ったのです。
 芽が出ていたのです。自分たちの蒔いたタネが発芽したのです。
 「ねぇ、先生! どうしたらいい? 水やる?」
 「ここに虫がいるよ。捕る?」
 わたしはようやく先生に昇格できました。
 生徒たちに伝えたのは、愛情を持って育てなければいけないということです。野菜に対しても、土に対しても、虫に対しても、すべてのものに。
 まだ本当に小っちゃな芽が一人立ちできるまで守ってあげること、土が水分や養分を供給し続けられるように注意すること、鳥や虫がやってきて食べてしまわないように観察すること、などなど。悔しい結果にならないように、みんなで気持ちを込めて育てなければなりません。また、肥料や農薬を使ったら簡単にできますから、それに頼らずに、
 「農作物の持っている力を信じて、なにも与えずに育てなければならない」
 と、何度もいって聞かせました。

 4回目、5回目と授業を重ねるうちに、生徒たちは自分から近づいてきて、
 「木村先生、ぼくが育てたトマトが実りました」
 「わたしのトウモロコシもできたんだよ」
 といいにくるようになりました。
 そして最終回、収穫の日。
 大豆やトマト、トウモロコシなどをそれぞれが畑でもいで、テーブルを囲んでみんなでいただく瞬間がやってきました。
 ところが、だれひとり食べようとしないのです。
 自分が育てた野菜がいとおしくて、手をつけられないのです。
 「それちょうだい」
 「お前の食べさせて」
 みんな、自分の野菜はあとにして、ほかの人が育てたものを食べようとします。そして口々に、「旨い」「おいしい」「甘い」と驚嘆の声をあげ、ようやく自分が育てたものに手をつけました。
 神妙な顔になって、慈しむように口に入れました。
 「おいしい!!」
 「いやぁ、サイコー!!」
 明るい声が響きました。みんな、いい笑顔。これぞ至極の食です。
 肥科や農薬を一切使わない自然栽培には、自分の力を信じさせる効果や、人の心を豊かにする可能性があるのではないかと思います。 (p185)