代替エネルギー利用の誤り

『自然農にいのち宿りて』川口由一

 化石燃料の石油があと四十年くらい、石炭は百五十年くらい、天然ガスは六十年くらい、ウランは八十年から九十年くらい、新しく開発されたシェールガス、シェール石油とて百年余りでなくなるだろうといわれています。過去に生きたいのちたちの歴史から、あるいは長い時の流れから生まれてきたものですが、これらを人類は二百~三百年で消費してしまうことになるのだそうです。
 こうしたものはやがてなくなるゆえに、あるいは環境汚染と破壊の問題解決にと、それらに代わるものとして科学する智恵と高度な技術能力で研究を重ねすでに実践しています。
 その一つに、植物からバイオエタノールを作ることが行われています。サトウキビ、トウモロコシ、米、小麦、大豆、キャッサバ等、人間や家畜の食糧から、自動車や機械を動かすためのエタノールを作っています。同様に、ヤシ油や菜種油など植物の食用油バイオディーゼル燃料にして自動車等のエネルギー源にするべく取り組み、すでに実施しています。
 餓死者の多い今日にもかかわらず、です。あるいは、今後さらに人口増加著しく人類の食糧確保が大きな課題となっている今に、消費文明をさらに盛んにするべく、食糧を代替エネルギーに変えて、お金を求めどんどん消費を進めているのです。そのための工場や設備を整え稼働するにおいても、多大なエネルギーと経費と資源を投入し、消費し続けています。
 化石燃料は有限で、これらのものは栽培すればいくらでも作れると考えられていますが、作り育てたものを人間が消費すればなくなり、次へと巡ることなく田畑の生命力は衰退してゆきます。自然界において生死に巡り、あるいはいのちからいのちへと食べて食べられて回ってゆく場合は、多くのいのちを生かし、決して無になることなく、むしろ増える営みともなり、多くのいのちの栄える自然界です。しかし、代替エネルギーをつくるために新たに栽培し、実りを手にするには、多くの資源とエネルギーと時間を投入し、空気、水、大地を汚染して大きな問題を招くこととなり、バイオエタノールを得る行為はさらに急速に資源をなくし、生きる舞台をなくしてゆきます。(p458)


 目覚めることなき代替エネルギー利用は、いずれであっても相似たもので滅亡への加速となります。太陽光発電しかりです。必要な施設設備を作り、電気を得るのにとてつもなく多くのエネルギーと資源を使い消費します。いずれも耐用年数があり、補修が必要であり、やがては必ず壊れてゴミと化します。そのゴミを処理しなければならず、また新たに作らなければなりません。ところで、それを作って、太陽のエネルギーからどれだけの電気を得ることができるのかを考えると、長い時間で広い視野でみたならば、投入しているものと得るものを差し引きすればマイナスとなると思えます。いずれの代替においても相似ています。
 ところで太陽光、地熱、風力……等に手を出しての利用は、今までのものとは根底から異にした大きな誤りを犯すことになります。太陽から届けられるはかり知れない諸々の恵みによって、すべてのいのちが生かされています。地球の誕生、生物の誕生、人類の誕生。多種多様な生物の生存と繁栄に欠かせぬ太陽の光と熱であります。そのエネルギーを人間が集めて消費してしまうのです。なくすのです。無数の生物が生き、未来にも生存するに必要不可欠なるものを消費することになるのです。
 環境に異変が生じ、破綻をきたし、生命界の絶対の秩序を壊すことになります。風力発電も同じです。風を集めて消費してしまうのです。風は風として地球生命圏にて生じること自ずからにして、今の自然環境であり、そこにおける生命の存在であり営みです。生きるに欠かせぬ太陽エネルギー、風エネルギーを次々と休まず消費してゆくと、さらに急速に滅亡を早めることになります。あるいは、欠かせぬ大切な地熱を消費し、海洋からエネルギーに代えることにも取り組んでいます。
 こうした自然エネルギーは素晴らしいことと考えますが、そうではありません。気づかねばなりません、目覚めねばなりません、自然界はどうなっているのか、そこに私たちは何をしているのかを悟らねばなりません。また太陽の光と熱を、あるいは風力を集めて電力に変えるべく、設備の設置に使用する場は、多くのいのちたちが生きるに必要な場であり、人間本位の都合で占領すれば、自然の調和を壊すことにもなります。
 あるいは、水素を使ってエネルギーを作ることも進められています。水素は無尽蔵だからそれを使ってエネルギーに変えればいい、その方法は見出されているということですが、この宇宙自然界は、水素あり、酸素あり、炭素あり、窒素あって生きることのできる自然環境であり、生きることのできる私たち人間の身体です。水素もあって水もあって、多くのいのちたちが誕生し、自ずからの調和のなかで生かされ生きています。水素あっての水であり、水あっての生物であり人間です。宇宙空間にある大切な物質に、人間本位の欲望に任せて手を出し、消費し、調和を乱せば、地球上の生物はもとより、地球という星にも、太陽系の星々にも問題を起こすはずです。もちろん、いずれも決して無尽蔵ではありません。
 真理を明らかにできぬまま未熟な科学する智恵で次々と有効利用を考えますが、実は有効ではありません。それは宇宙生命界がどうなっているのか、どこで生かされているのかを知らないゆえに、そうした誤った考えを持ち、発想し、開発をすることになるのです。(p460)


 四十七億年前に誕生し、今も生きて活動盛んな地球のほとんどはカンラン石の個体で作られています。そのマントル層は内部の高熱で対流し、常に動き移動しているのです。地球の核は六千度~八千度の温度を有し、この内部の熱が地球本体を対流移動させ、同時に熱を宇宙に放出しての地球生命圏の環境で、この自然の絶妙な秩序が多くの生物のいのちをあらしめています。
 この地熱を電力へと消費するのです。なくすのです。やがては足りぬと地球の深奥核に向かってパイプを差し込みどんどん吸い取り、有効利用をと考えそうな私たちです。あるいは太陽は五十億年前頃誕生した恒星であり、水素とヘリウムがほとんど占めるガスの塊で、中心部の核の温度は千五百万度に達します。水素、ヘリウム、リチウム等の軽い原子核が融合して重い原子核になる原子核反応を起こすその際、中性子などとともに大量のエネルギーが放出します。恒星である太陽のエネルギー源であり太陽が生命活動を盛んにしている源で、毎秒約七億tもの水素がヘリウムに変換されています。
 ここから生じるエネルギーの二十二億分の一が地球に届き、そのエネルギーが地球の全生命を育んでいるといわれています。それは地球における環境秩序の要であって二十二億分の一の量といい地球と太陽の距離といい、いずれも絶妙なる自然の秩序であって、この秩序に決して破綻をきたすようなことをしてはなりません。
 ところでこのエネルギーを電気に変えるべく太陽光発電で消費を重ねはじめていますが、とんでもないことです。消費するということは”なくす”ということです。それでは足りぬとやはり直接太陽に向かってパイプをつらぬき、有効利用をと考えそうな愚かな私たち人間です。(p468)