聞書第一 二

『原本現代訳 葉隠(上)』山本常朝 松永義弘 訳 ニュートンプレス

 武士道とは、死ぬこととみつけたり。生か死かの二つに一つのときは、死ねばよい。なにも考えることはない。覚悟をきめて突き進め。目的もとげずに死ぬのは、犬死にだ、などというのは上方風な軽薄な武士道である。生か死かのせっぱつまったとき、うまくやれるかどうかの判断がつくものか。
 人間、生きるほうが好きだ。だから好きなほうに理屈をつける。だが、目的もとげられず、ただ生きのびたら、腰抜けだ。このあたりがむつかしい。目的もとげず死んだら、犬死に、気違い沙汰である。が、恥にはならぬ。これが、武士道に生きる男のありようだ。
 毎朝、毎晩、心静かに、死を考え死を思い、つねに死に身になっているとき、武士道の覚悟が身につき、一生、あやまちもなく、武士の務めを果たすものである。(p38)