店番

『新版 評伝与謝野寛晶子 明治篇』逸見久美

 晶子は明治一一年一二月七日、和泉国堺州甲斐町の菓子商老舗駿河屋主人鳳宗七、つねの三女として誕生した。(P127)


 妹志知里の直話(筆者との対面は昭42)によると、店の品物の販売や工夫は晶子が中心になってとり仕切り、また注文帳の整理や父不在の折の帳簿付けは晶子に任せられていた。また毎年、勅題に因んだ趣味を生かして作る菓子の創案も殆ど晶子の意見だったらしい。店にいて朝から正午まで絶えず客が出入りする中で、晶子はその応対に忙殺され、羊羹場で丁稚らと菓子を作ったり羊羹を切ったりしていて、その合間に読書や作歌にふけっていた。また後になって長男与謝野光の「母・晶子(二)」(「明星」昭23・8)では

 羊羹を求める客があまり熱心に本を読んで居る少女に声を懸けるのを躊躇らつた事も屡々であつたと云ふ

と人から聞いていた母晶子の追想を伝えている。当時の晶子を「文壇活人画(四)」(「文庫」明34・3)でも

 机に倚りかゝつて、歌を書きながら客が来れば、起つて手づから羊羹を竹の皮へ包んで『ハイお待遠さま』をやるのだが、

と機敏に働く晶子の様子を描写している。客が去ると身を翻し書物に目を注ぎ歌を詠み、現実の生活を忘れたように空想の世界に飛び入り「心は源氏物語の貴女にも変形し」(『晶子歌話』大8・10)と晶子自身も書いている。(p133)