新訳源氏物語

『全訳 源氏物語一』紫式部 與謝野晶子 訳 角川文庫

 解説  逸見久美

 『新訳源氏物語』は全訳というより意訳であり、省略も多々あった。前記の一文に続けて晶子は、『新訳源氏物語』について「自由模写」とも書き、さらに、

 主として直ちに原著の精神を現代語の楽器に浮き出させようと努めた。細心に、また大胆に努めた。必ずしも原著者の表現法を襲はず、必ずしも逐語訳の法に由らず、原著の精神を我物として訳者の自由訳を敢えてしたのである。

と記している。「在来の註釈本の総てに敬意を有つて居な」かった晶子は、これまで熟読してきた結果、積み上げた晶子の我流で書き上げたのである。さらに「中にも湖月抄の如きは寧ろ原著を誤る杜撰の書」だとして、北村季吟の著名な『湖月抄』に対して憚らずに辛辣な暴言を吐いている。
 この『新訳源氏物語』が出る前にも『源氏物語』の註釈書や梗概などは出版されていたが、このように分かり易い現代語で訳した『新訳源氏物語』は、当時にあって「源氏」訳本の嚆矢であったと言える。子供のころから築き上げてきた「源氏熱」の賜物の結晶が、『新訳源氏物語』にいっぱい詰められているわけで、そうした純粋な意味で、晶子でなければ完結できなかった所謂「晶子源氏」の最初と言える。(p455)