源氏物語のモデルたち』斎藤正昭

 「薫る中将」の特徴と言えば、その名の通り〈香しい体臭〉、そして出生の秘密絡みの〈道心〉である。その体内から発する芳香については、次のようにある。

 香のかうばしさぞ、この世の匂ひならず、怪しきまで、うちふるまひ給へる辺り、遠く隔たる程の追風も、まことに百歩のほかも、薫りぬべき心地しける。
                    (「匂宮」巻)

 医学的に人は本来、中性、もしくは弱酸性の汗であるが、弱アルカリ性に傾く時、わずかながら芳香にも似た異臭を発することがあるという。しかし、追風に乗れば百歩先までも香りそうな程の体臭は、当然ながら、あり得ない。遠くまで匂う「百歩の方」の薫物(「梅枝」巻)にも比される、この体臭の発想は、仏典に記されている仏の随形好(仏菩薩の身に備わっている優れた形相)に由来する。聖徳太子も誕生時、芳香を放ったと伝えられている(『聖徳太子伝略』)。
 仏道に抜きん出た者だけに与えられる、この超人的特性――これが薫に付与されたのは、物語を牽引する主人公としてのカリスマ性を増す意図からにほかならない。(p113)