作者・紫式部も『源氏物語』に登場

『「源氏物語」と「枕草子」』小池清

 本章を閉じるにあたり、呼称法の錯覚用法を使用して、作者・紫式部が『源氏物語』にちょい役、笑われ役として登場する場面を紹介する。……

 [「これから久しくお目にかからない間に、この私の姿が今と違って、いやなふうに変わっておりましたら、どうお思いになりますか」とお申しあげになると、東宮は、母宮のお顔をじっとお見つめになって、「式部のようにとおっしゃるの。どうして、あんなふうにおなりになるものですか」と、にこにこしながら仰せになる。はりあいのない幼さにいじらしく胸がつまって、「あれは、年老いているので醜いのです。そうではなくて、髪はあれよりももっと短くて、黒い着物などをまとって、夜居の僧のようになろうというのですから、そうしたら今よりずっと長いことお目にかかれなくなりましょう」とおっしゃってお泣きになると……]

 「かたちの異ざまにてうたてげ」な人物、「老いて」「醜き」人物の呼称として「式部」が用いられている。中宮彰子の側近女房で「式部」の女房名をもつのは「紫式部」以外にはいない。「賢木」の巻の右の件を読みすすめる紫式部は、どんな顔をしていたのであろうか。中宮彰子は、気の毒とは思いつつも、笑いを抑えることができなかったことであろう。側近の年若の女房たちは、クツクツと笑い声を上げ、腹が捩れて困り果てたにちがいない。(p101)