かぐや姫

『「源氏物語」と「枕草子」』小池清

 横川の僧都らの懸命の介抱により蘇生した浮舟を預かったのは、結婚したばかりの娘に急死され悲嘆に暮れていた、横川の僧都の妹尼であった。あたかも、子宝に恵まれず、寂しく思っていた竹取の翁と嫗に養育されたように、傷ついた浮舟は、小野の山里で養生することになる。
 兄の僧都から、死んだ娘の生まれ変わりのような浮舟を預けられた妹尼は、次のように思う。

 かくや姫を見つけたりけん竹取の翁よりもめづらしき心地するに、いかなるもののひまに消え失せんとすらむと、静心なくぞ思しける。(手習)

 [かぐや姫を見つけたという竹取の翁よりもさらに珍しい心地がするので、どうかした隙にでも消え失せてしまうのではないかと、尼君は落ち着かぬお気持ちであった]

 これほどはっきりと書いてあっては、もはや贅言を要しない。「宇治十帖」は『竹取物語』を下敷にしてつくられており、大君、中の君、浮舟は「かぐや姫」たちなのである。
 もっとも、秋山虔は前述の著書の第十章「死と救済」において、次のように述べているので、浮舟は、大君、中の君とは別系の人物と考えているようである。

 作者の構想の中には、万葉集歌人によって哀惜された桜児・鬘児・葦屋の菟原処女・葛飾の真間の手児奈などで有名な妻問説話がはっきり原型をなしているのであろう。

 紫式部の人物造形はどのような場合も複雑であるから、浮舟造形も原形が複合することは十分考えられることである。(p160)