定家

源氏物語ものがたり』島内景二

 紫式部源氏物語を書いてから、あっという間に二百年が経過した。仮に一世代を三十年とすれば、およそ七世代ということになる。最初の四~五世代の読者たちは、自分たちの同時代文学として、ひたすらこの物語を耽読できた。ところが、六世代目くらいから大きな社会変動が起き、源氏物語を理解するための社会基盤が失われていった。……
 一一五六年から一二二一年までの約七十年の間に、大きな事件が相次いだ。社会の混乱は、人々の生き甲斐や価値観を動揺させた。そして、優雅なる王朝文明は、まさに滅亡の瀬戸際に立たされた。
 この時、失われゆく王朝文明の保存に立ち上がったのが、藤原定家である。彼の最大の功績は、源氏物語に「古典」の地位を与えたことである。(p39)


 定家は、二百年前の本文の復元という、不可能に挑む情熱を持っていた。その熱意は、どこかしら源氏物語の主人公・光源氏の色好みとも似ている。光源氏は、逢瀬が不可能に近ければ近いほど、恋心を燃え上がらせた。父である桐壷帝のお后である藤壺との愛は、まさにタブーである。普通の男ならば、最初から諦める。でも光源氏は逆に、いっそう強く結ばれたいと願った。
 定家は、そういう光源氏の心が手に取るように理解できた。その定家にも、後白河院の皇女・式子内親王へのタブーに満ちた愛の伝説が伝えられている。
 けれども、それは伝説。定家にとって、「永遠の恋人」は生身の女性ではなく、王朝文化という滅びつつある美だった。しかも、その本質にたどり着くのは困難なほどに、社会基盤と言語が隔絶していた。この距離感が、かえって定家のロマンティシズムを燃え上がらせた。(p48)