儒者なら褒める

源氏物語玉の小櫛 物のあわれ論』本居宣長 山口志義夫 訳

 うつほの藤原の君のむすめこそ、いとおもりかに、はかばかしき人にて、あやまちなかめれど、すくよかに、いひ出たるしわざ、さも女しき所なかめるぞ、ひとやうなめるとのたまへば、
 (『宇津保物語』の藤原の君の女は、とても落ち着いてしっかりした人で、過ちがないようだけれど、無愛想な物言いの仕方はまったく女らしい所がないようで、やはり偏っているようです」とおっしゃると)

 「すくよか」とは、穏やかさ・優美さがない様子である。「女しき」は女らしさである。「ひとやう」は一方に偏っているのである。この人(藤原の君の女)は『宇津保物語』の登場人物で、その事は『花鳥余情』に要点を抜きだして記しなさっている。詳しい事はかの物語を参照の事。この人はかの「心浅げなる」と言ったのとは逆で、多くの人達の懸相を聞き入れず冷淡だったので、その人達はひどく恨んで、死んだ者などもいたが、それをまったく可哀想とも思わなかった人である。このような女は、世間並の儒者などの議論であれば「貞烈である」と褒めるはずだが、ここでは「偏っている」と言っている。(p107)