紫式部の気立て

源氏物語玉の小櫛 物のあわれ論』本居宣長 山口志義夫 訳

 紫式部の気立ては、この物語と彼女の日記(『紫式部日記』)から考えると、女が学問臭を漂わせ、利口ぶって教養をひけらかす事を非常に嫌い、自らも人にそう思われないように深く用心していた様子があちこちにうかがえる。「帚木」の巻の「すべて男も女も、わろものは云々」と言う所から、「いはまほしからんことをも、一つ二つのふしは、すぐすべくなむあべかりける」と言う所までの言葉などは、学問臭を漂わせる事を忌避する自らの心を示した物である。
 同巻(「帚木」の巻)に、
  などかは女といはむからに云々、めにもみみにもとまること、じねんに多かるべし
  (どうして女だからと言って云々、目からも耳からも知ることは自然と多いはずだ)
 と言っているのは、「女であっても、それくらいの事は当然誰でもあるはずの事なのだから、それを誇るべきではない」と言って、自ら誇る心がない事を知らせたのである。
 また同巻に、博士の娘の事を語った式部の丞を、一同「気味が悪い」と爪弾きにして疎んじなさった次第を書いている。この女の様子を考えると、そこまで悪く言わなくてはならない事は見えないが、紫式部自ら学問立てを嫌う心を見せるために、ことさらにひどく悪い事のように敢えて言ったのである。
 また「乙女」の巻に、大学寮の衆の振舞い・雰囲気・物言いなどを非常に異様な感じに書いてあるのも一興だが、本格的に学問に取り組む者の優美でない様子をことさらにひどく言い立てたのである。世間の人の習いとして、総じて何事も自分が好み尊重する方面の事を、殊に立派に良いように言い立てようとするものだが、自ら人一倍学問を好みながら、かえってこのように良くない風に言っていることがあるのは、この人ならではの深い心配りなのであった。(p188)