祖国防衛隊

『決定版 三島由紀夫全集34』

 祖国防衛隊はなぜ必要か?

 戦後平和日本の安寧になれて、国民精神は弛緩し、一方、偏向教育によつてイデオロギッシュな非武装平和論を叩き込まれた青年たちは、ひたすら祖国の問題から逃避して遊惰な自己満足に耽る者、勉学にはいそしむが政治的無関心の殻にとぢこもる者、「平和を守れ」と称して体制を転覆せんとする革命運動に専念する者の、ほぼ三種類に分けられるにいたりました。しかし一九六〇年の安保闘争は、青年層の一部に「日本はこれでいいのか」といふ深刻な反省をもたらし、学校で教へてくれなかつた日本の歴史と伝統に自ら着目して、真摯な研究をつづけて来た一群を生むにいたりました。これらの青年たちが植民地化されたアジアにおいて、ひとり国の自立を獲ちえた明治の先人の業績に刮目し、自らの力で近代国家日本を建設したその民族的エネルギーが、今日、ひたすら経済的繁栄にのみ集中されて、国家をして国家たらしめる国防の本義から逸脱し、国民精神の重要な基盤を薄弱ならしめてゐるところに、日本の将来の危機を発見するにいたつたのは偶然ではありません。


 われわれは一九六〇年以後、言論活動による国の尊厳の回復の準備を進めて参ると共に、一九六五年にいたつて、国防精神を国民自らの真剣な努力によつて振起する方法の研究に着手しました。核時代といはれる新時代に入つて、戦争はいはゆるボタン戦争のみで、これに携はるのは高度に技術化された軍隊のみだといふ概念が流布しましたが、その後、核兵器の進歩は却つて通常兵器による局地戦(いはゆる代理戦争)の頻繁な発生を促し、これを戦ふ者も正規軍のみでなく、ベトナム戦に見る如く人民戦争の様相を呈して来た以上、必ずしも高度に技術化された軍隊でなくとも、通常兵器を以て国防に参与できる余地のあることが常識化されるにいたりました。


 そもそもわが自衛隊は、安保体制下集団安全保障の一翼を担つて、国防の任務に就いてをりますが、この任務のうち、純然たる自主防衛の領域は、新安保条約によれば、
 一 間接侵略に対する治安出動
 二 非核兵器による局地的直接侵略に対する防衛
 の二領域であります。この二つのケースにおいては、自衛隊は、いかなる外国軍隊の力をも借りず自らの手で国防を引受けるといふ重大な任務を負うてゐるのであります。尤も後者は、全面戦争に移行して集団安全保障下に入らんとする時間的境界があいまいでありますから、完全な意味での自主防衛は前者にあると云へませう。


 間接侵略とは何か? 現代における局地戦争がしばしば代理戦争と呼ばれてゐるやうに、イデオロギーの対立状況が局地的紛争にたちまち浸透し、単なる民族的対立によつて生じた紛争も東西二大勢力の角逐の場となると共に、東西二大勢力の不断の緊張が、真空化した一定の局地にほとんど自動的に紛争を生ぜしめる例も二、三にとどまりません。なかんづく、共産主義勢力の自由諸国に対する思想戦、宣伝戦の働きかけは千変万化であり、レーニンの言のごとく、「議会的闘争形態と非議会的闘争形態の交代、議会ボイコット戦術と議会参加戦術の交代、合法的闘争形態と非合法的闘争形態の交代」……「非合法的活動と『合法的可能性』を義務的に利用することとをむすびつけるただしい戦術」(共産主義における「左翼」小児病)によつて、言論活動からデモンストレーション、経済的ストライキから政治的ストライキ、さらに蜂起への転化といふ屈折をきはめた動きは、正に端倪すべからざるものがあるといへませう。
 従つて、「間接侵略」の形態も亦、一様ではありません。革命の客観的条件の成熟と向うが認めた時点が何時であり、そこへ向つて、いかなる一連の動きによつて「間接侵略」といふ内戦段階へ移行するかは予断を許さぬのみならず、現に今日只今の平和な日常生活の中にも、間接侵略の下拵へは着々と進められてゐると考へていいのです。
 これに応戦する立場も、単に自衛隊の武力ばかりでなく、千変万化の共産戦術に応じて、あるひは言論、あるひは行動により、千変万化の対応の仕方を準備するのが賢明であります。そのための最後の拠り処は、外敵の思想的侵略を受け容れぬ鞏固な国民精神であると共に、民族主義の仮面を巧妙にかぶつたインターナショナリズムにだまされない知的見識であり、又、有事即応の不退転の決意でなければなりません。このやうな決意を持たぬ思想は、怯懦に陥つて、いつか敵の術策に陥ることをなしとしないのであります。


 不退転の決意とは何か? すなはち、国民自らが一朝事あれば剣を執つて、国の歴史と伝統を守る決意であり、自ら国を守らんとする気魄であります。
 しかし、気魄だけでは実際の役に立たないので、武器の取扱にも周到な教育を要し、指揮統率の能力も、又これに応ずる能力も、一定の訓練体験なしには、つひに画に描いた餅にすぎません。
 又、別方面から考へれば、何事も感覚的にしか理解しえない無関心層の青年に、国防精神を植ゑつけるには、単なる思想指導や言論による教育では不十分で、実際に彼らに執銃体験を与へることによつて、彼らが武器といふものの持つ意義も危険も知り、感覚を土台にして、より高い国防精神に覚醒する端緒をつかむといふことも十分考へられるのであります。


 ここに思ひ到つたわれわれは、諸外国の民兵制度を研究し、左記のやうな各種の資料を得ました。(中略)


 以上のやうに、民兵制度なるものを種々検討してみたわれわれは、平和憲法下の日本で、われわれ国民が市民としての立場で国防に参与する方途は、ここにあると確信するにいたりました。民主国家国民としてあらゆる自由と権利を享楽してきた日本人は、戦後、義務の観念を喪失したと云はれますが、実はまだ使つてゐない権利が一つ残つてゐるのではないか、民主国家の国民としてのもつとも基本的な権利である、「国防に参与する権利」だけは、まだ手つかずのままではないか、といふのがわれわれの発想のもとであります。


 専門家の概算によると、長大な海岸線を持つわが国の国土防衛のためには、三十五万から百万の陸上兵力を必要としますが、陸上自衛隊の現有勢力は、十七万二千五百から、三次防による増員計画十八万に達しても、なほ最小限三十五万の半数にすぎません。しかも、現行の志願兵制度では十八万がおそらく限度ではないかといふ悲観的予測もなされ、のこりの十七万は何とか国民の自主的な努力により確保せねばならぬのであります。従つて祖国防衛隊は、大都市においては都市防衛、海浜地域においては沿岸警備、山間地域においては対ゲリラ防衛を任務とすることになるでせう。又、出動した正規軍師団の後方警備要員としても有効適切であります。(p626)


三島由紀夫事典』松本徹 佐藤秀明 井上隆史 編

 【概要】〈国の歴史と伝統を守る〉ため、〈間接侵略〉に備えて、民兵制度(祖国防衛隊)の必要性を説く。そして諸外国の民兵制度の長短を比較する。構想では、当面は法制化せず、民間団体として民族資本と自衛隊の協力のもと、百人の民間将校団を養成するというもの。


 【成立】末尾に〈一九六八年一月一日〉の日付けがある。村松剛三島由紀夫の世界』(新潮社、平2・9→新潮文庫)によれば〈昭和四十二年の暮に作製し、隊員や若干の関係者にタイプ印刷で配布した〉とのこと。


 【研究】前掲村松論文によれば、この〈祖国防衛隊〉計画の前に〈国土防衛隊〉構想があり、「『国土防衛隊』草案(三島由紀夫案)」と題した三島の手書きのコピー(未収録)が残っているという。それによると経費は〈三分の一を国費、三分の一を地方自治体費、三分の一を国民醵金により、これを支出〉し、〈指揮命令系統は、現行憲法下では、内閣総理大臣に直属する〉というものだった。祖国防衛隊もこの構想を引き継いだもので、私的な楯の会とは性格が異なる。(p210)