神ながらの天皇

『美と共同体と東大闘争』三島由紀夫 東大全共闘

 三島 実はね、この天皇の問題、少し長くなりますよ。いいですか。私は今の陛下についても、ほんとうは後宮をお持ちになった方がいいと思っている。(笑)それで、大体私の天皇観というのはいわゆる右翼の儒教天皇観と全然違うのですよ。古事記をよく読まれるとわかると思うのですが、古事記の下巻が仁徳天皇から始まっている。これは何を意味するかというと、仁徳天皇から儒教天皇像というものが、確立されちゃったわけです。そして「民のかまどはにぎわいにけり」というような感じの天皇像が確立しちゃった。それがずっと教育勅語まで糸をひいているわけですな。私は教育勅語におけるあの徳目を一番とにかく裏切っているのは古事記における天皇だと思うのですよ。「父母に孝に兄弟に友に」と書いてあるけれども、古事記天皇というのは兄弟が平気で殺し合うし、父母をちっとも尊敬してない。それから不道徳のかぎりを尽されている天皇もあるわけだ。ところが古事記では一番私のみるところで重要なのは中間にある日本武尊の神話だと思っている。古事記の中であの日本武尊だけが皇太子であるにもかかわらず天皇と同じ敬称で呼ばれている。これは天皇自身も自分の皇子のことを人神だと呼んでおられる。これはどういうことを意味するかといいますと、日本武尊のお父さんの景行天皇がある時に田舎へ行かれて、非常な美女を見染められた。これを宮廷へつれてこようと思って日本武尊のお兄さんにあの女をつれて参れとこうおっしゃった。ところがお兄さんが途中でその女をやっちゃって自分のメカケにし、隠れちゃった。そして天皇のところへは別の女をつれて行ってこれでございますと言ったので、景行天皇はムッとされたけれども何も言われないでそのままに放置され、その女には冷たくされた。そして弟の小碓命すなわち日本武尊はかねがね兄さんのやり方はひどいものだと思っていた。ある時朝ごはんにお兄さんの大碓命が出てこないので、天皇が、「どうして朝ごはんに出てこないのか、おまえ行って見てこい」と日本武尊に言うのですね。そうすると日本武尊がはばかりに入っている兄さんをいきなりとっつかまえて八つざきにして殺してしまう、こういうような話が出てきて、天皇はこれについて非常におそれおののいて日本武尊をよその土地へ征伐に出してしまう。非常に危険な征服の戦争です。そうするとやっと戦功をたてて帰ってくるとまたあぶないところに出してしまう。それで、日本武尊伊勢神宮に行って叔母さんの倭比売に天皇は私に死ねとおっしゃるのじゃなかろうかと言って泣いて嘆くところが出てきます。これを私は古事記の中で非常に重要な箇処だと思うのは、あそこでいわゆる統治的天皇と神としての天皇とが分れてしまったのだ。神人分離ということがあそこで起ったのじゃないかと思われる。私の言う天皇というのはその統治的な人間天皇のことを言っているのじゃないのだ。人間天皇というのは統治的天皇ですから儒教的原理にしばられて、それこそ明治維新以後あるいはキリスト教にもしばられたでしょう。一夫一婦制を守られて国民の道徳の規範となっておられる。これは非常に人間として不自然だ。私は陛下が万葉集時代の陛下のような自由なフリー・セックスの陛下であってほしいと思っている。それが私の天皇像で、これがそのまま生かされるるかどうかわかりませんが、私が人間天皇という時には統治的天皇、権力形態としての天皇を意味しているわけです。だから私は天皇というものに昔の神ながらの天皇というものの一つの流れをもう一度再現したいと思っているわけです。(p90)