二・二六事件関係の資料

『英霊の聲』三島由紀夫 河出文庫

 二・二六事件と私

 戦時中は日の目を見なかった二・二六事件関係の資料が、戦後続々と刊行され、私が「英霊の聲」を書き終った直後に上梓された「木戸幸一日記」と「昭和憲兵史」(未発表の憲兵隊調書を収載)を以て、ほぼ資料は完全に出揃ったものと思われる。壮烈な自刃を遂げた河野寿大尉の令兄河野司氏の編纂にかかる「二・二六事件」と、末松太平氏の名著「私の昭和史」は、なかんずく私に深い感銘を与えた著書である。
 私は集められる限りの資料に目を通していたが、それで一篇の小説を書こうという気はなかった。たまたま昨年からかかった四巻物の長篇の、第一巻を書いているうちに、来年からとりかかる第二巻の取材をはじめた。たわやめぶりの第一巻「春の雪」と対蹠的に、第二巻「奔馬」は、ますらおぶりの小説になるべきものであり、昭和十年までの国家主義運動を扱う筈であった。それらの文献を渉猟するうち、その小説では扱われない二・二六事件やさらに特攻隊の問題は、適当な遠近法を得て、いよいよ鮮明に目に映ってきていた。(p253)