忍ぶ恋

葉隠入門』三島由紀夫

 恋愛についても「葉隠」は、橋川文三氏のいうように、日本の古典文学の中で唯一の理論的な恋愛論を展開した本といえるであろう。「葉隠」の恋愛は忍恋(しのぶこい)の一語に尽き、打ちあけた恋はすでに恋のたけが低く、もしほんとうの恋であるならば、一生打ちあけない恋が、もっともたけの高い恋であると断言している。
 アメリカふうな恋愛技術では、恋は打ちあけ、要求し、獲得するものである。恋愛のエネルギーはけっして内にたわめられることがなく、外へ外へと向かって発散する。しかし、恋愛のボルテージは、発散したとたんに減殺されるという逆説的な構造をもっている。現代の若い人たちは、恋愛の機会も、性愛の機会も、かつての時代とは比べものにならぬほど豊富に恵まれている。しかし、同時に現代の若い人たちの心の中にひそむのは恋愛というものの死である。もし、心の中に生まれた恋愛が一直線に進み、獲得され、その瞬間に死ぬという経過を何度もくり返していると、現代独特の恋愛不感症と情熱の死が起こることは目に見えている。若い人たちがいちばん恋愛の問題について矛盾に苦しんでいるのは、この点であるといっていい。(p21)