バイヨン大寺院

『癩王のテラス』三島由紀夫 中公文庫

 解説  宗谷真爾

 人間のメタフィジカをテーマとしていることは、末尾における「精神」と「肉体」との対話を読めば納得することができよう。そして氏は、きわめて感動的な肉体への賛歌によってこのドラマの幕を閉じている。
 「青春こそ不滅、肉体こそ不死なのだ。……俺は勝った。なぜなら俺こそがバイヨンだからだ」
 ジャヤ王はバイヨンに不滅不死の四面塔(肉体)をうちたてた。しかしそのために、わが身の崩壊(死)を媒体にしなければならなかったが――。

 私が三島氏に知遇をえたのは、氏をはじめ村松剛佐伯彰一氏らが出していた『批評』同人の末席を汚したことにはじまるが、氏はちょうどそのころ『太陽と鉄』を連載中だった。そのなかで、精神と肉体について記したことばが当時の私の注意をひいた。
 「肉体が未来の衰退へ向つて歩むとき、そのはうへはついて行かずに、肉体に比べればはるかに盲目で頑固な精神について行き、果てはそれにたぶらかされる人々と同じ道を、私は歩きたいとは思はなかつた」
 帝劇上演期間中『毎日新聞』へかいた文章にも、つぎのような一節がある。
 「肉体の崩壊と共に、大伽藍(バイヨンのこと――室谷注)が完成してゆくという、そのおそろしい対照が、あたかも自分の全存在を芸術作品に移譲して滅びてゆく芸術家の人生の比喩のように思われた」
 その三島氏は、死を一ヵ月前に控え、大作『豊饒の海』にふれながら、恩師清水文雄氏にあてた書簡のなかでこうかいている。
 「――カンボジャのバイヨン大寺院のことを、かつて『癩王のテラス』といふ芝居に書きましたが、この小説(『豊饒の海』をさす――室谷注)こそ私にとつてのバイヨンでした」
 とすれば氏は、すでに『癩王のテラス』をかいた時点で、間近に迫った死を予告していたことになる。
 「私は死んでゆく。バイヨンの落成の日が、私の死の日だということは、前からわかっていた」(バイヨンの文字を『豊饒の海』に変えて読んでみていただきたい)と。
 くりかえし言うが、ジャヤヴァルマン王は現世に生きた三島氏だった。『豊饒の海』というみずからのバイヨンを刻みあげたのち、予告どおりおのれの生涯にフィナーレの緞帳をおろしたのだった。(p124)