新自由主義は優生学と相性がいい

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 訳者あとがき  林昌弘

 テスタールは、経済の自由主義、すなわち新自由主義を徹底批判していることでもよく知られている。彼によると、新自由主義優生学と相性がよく、科学万能主義とも波長が合うという。
 新自由主義は、自己責任を前提とする「自由な」市場万能主義を指し、自由貿易規制緩和の推進を唱える、民間部門の役割を重視する政治思想である。機会の平等さえ担保されていれば、結果の不公平には、ある程度目をつむる。なぜなら、あらゆる差異こそが経済活動の原動力であると考えるからだ。個人の差異の原因は、社会制度的な要因(教育などの生育環境)によるものというよりも、本人の能力と捉えるのが新自由主義の特徴だ。したがって、所得格差は、能力の格差が反映されたものとなる。つまり、”よい遺伝子”に恵まれた大いに努力する者は社会的富を築くのだから、その人が金銭的に報われるのは当然であると考えるのだ。そしてそのようにして生じた格差が社会の原動力となるのだ。経済学の創始者であるアダム・スミスが一七七六年に出版した『国富論』の中で述べた「われわれの食卓は、パン屋の好意からではなく、パン屋が利益を追求するために成り立つ」という文句が、そうした考えを如実に表わしている。(p95)


 一方、優生学は一八八三年にイギリスのフランシス・ゴルトンが唱えた概念であり、その語源はギリシャ語の「よい種(タネ)」に由来する。すなわち、悪い遺伝子をもつ者を排除し、優良な国民のみを残して繁栄させるという思想である。(p96)

科学に対する批判

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 訳者あとがき  林昌弘

 本書は、フランスで二〇一二年十二月に出版された”À qui profitent les OGM?”の全訳である。タイトルを直訳すると、『GMOは、誰の利益になるのか』となる。このタイトルには次のような意味が込められているのだと思う。

 「文学、絵画、演劇などに対する批判は一般的に行なわれる一方で、科学に対する批判が科学全体の否定と受け止められるのはおかしい。科学が目指すのは市民全体の利益であり、遺伝子組み換え作物は、われわれの文化を破壊しながら一部の多国籍企業に利益をもたらすだけの科学技術だ。私はそのような科学の利用には反対だ」。(p93)

不適切な審査

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 本書は、公の定説を覆した研究チームに対する卑怯で熾烈な攻撃を紹介した。それは二〇一二年九月に起こった「セラリーニ事件」である。テクノサイエンスを推進する一部の責任者の理性を欠いたこうした態度は、経済的争点の巨大さや、イデオロギーによる暴走だけでは説明がつかない。バイオテクノロジー産業やその製品である遺伝子組み換え作物を保護するために、作り話や空約束を繰り返すのは、実に嘆かわしいことだ。要するに、多国籍企業の魂胆は、種子を独占し、特許をとった作物と農薬をセットにして販売し、農民の叡智に基づく仕事を陳腐な作業に変え、最終的には、世界の食糧市場を完全に支配しようとすることなのだ。
 政治権力を審査機関と結託させるこのような企みにおいて、「科学」は隠れ蓑にすぎない。このままでは、GM作物の無害性をめぐる論争は、やり方を変えない限り、今後も不適切な審査による不完全な論文や不十分な分析に基づいたものに終始するだろう。GM作物は、造物主を自負するテクノロジーから誕生したが、これはすでに古い技術だ。(p81)

一万五〇〇〇人のロビイスト

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 さらに、ブリュッセルに駐在する少なくとも一万五〇〇〇人のロビイストが、産業界に有利な政治的および技術的な決定を下すように働きかけている。われわれの審査システムが公益を担保するためのものではないのは明白である。(p65)

イノベーションによる賠償コスト

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 イノベーションにより、生産性は加速的に向上した。だが、発生するかもしれない賠償コストは、従来の評価システムを根底から揺るがした。人々はそのようなイノベーションに懸念を抱いているのだ。多国籍企業とつながりのある輩が審査委員会に送り込まれたのはイノベーションを擁護するためであるのは公然の事実なのに、われわれは、最も有能だという触れ込みの「彼ら専門家」だけの判断を頼りにしてもよいのだろうか。
 さらには、経済的利益をめぐり、違法な対立が生じることもある。科学の進歩を保護しようというのは、科学者の本能なのかもしれない。とくに、自分の創意工夫に富む活動から生じたものであれば、科学者はなおのことそれを保護しようとするだろう。(p64)

セラリーニ事件

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 二〇一二年九月にカーン大学〔フランス北西部のカーン市にある大学〕の科学者たちは、遺伝子組み換えトウモロコシ(モンサント社のNK603系統)とラウンドアップ(モンサント社が開発した除草剤。このトウモロコシは、遺伝子を組み換えたためにラウンドアップに対して耐性をもつ)を餌にして飼育したラットを二年間にわたって観察した結果を発表した。実験ラットに対しては、定期的に採血や採尿が実施され、また各種臓器の分析が行なわれた。統制群〔GM作物を餌にして飼育されていないセット〕と比較すると、科学者たちは、メスのラットには早期の腫瘍、オスのラットには腎臓および肝臓の障害を確認した。これは完璧な実験であるとはいえないが、実験の予算がきわめて限られていたことを考慮しなければならない(二〇〇匹の実験動物を使って数多くの分析を行なうには、三〇〇万ユーロの予算では足りない)。この研究によって、完全無比な証明ができたわけではない。カーン大学の科学者たちも、今回の実験をより良い条件で再現したいと望んでいる。(p46)


 この発表があった二〇一二年九月一九日以降、メディアでの扱いにも変化が生じた。ロイター通信は、憤慨した科学者たちに発言の場を提供した。その後、彼らの発言は繰り返し報道された。それまでロイター通信は、バイオテクノロジー産業界の出資によるロンドンのサイエンス・メディア・センターが集約する情報を配信していた。したがって、バイオテクノロジー産業界は、多国籍企業の共通の利益が話題になると、すぐに辛辣な批判を浴びせかけて相手を黙らせることができたのである。
 ヨーロッパ系企業のロビー活動を監視する非政府組織コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリー(CEO)によると、メディアはいつもすぐに誘導されてきたという。そのなかでもモンサント社は、強力なロビー活動を行ないながら公での議論を巧みに避けてきた。モンサント社は、御用学者とお抱えのメディアを使って、科学者同士を論争させ、自分たちは大衆の批判から逃れるかたわら、大手スーパーが研究結果の信憑性について疑念を生じさせるための研究に資金提供していると示唆するようなまねまでしたのである。(p51)

時代遅れのテクノロジー

『なぜ遺伝子組み換え作物に反対なのか』ジャック・テスタール

 科学者は、予想される気候変動に対してGM作物という解決策を提示しているが、実際のところGM作物は、エコロジー移行期においては不向きな時代遅れのテクノロジーなのである。その理由は、安全性を確約するために必要な措置を施行するためにかかる莫大な費用を考慮に入れていないからだ。たとえば、GM作物と非GM作物の共存を確保すること〔交雑を避ける〕、市場で流通するGM食品にラベル表示すること、行政による監督、司法制度の整備などである……。持続可能な農業(農業エコロジー、都市部近郊農業、食糧農産物農業、森林農業、有機栽培農業、肉食を減らすなど)に転換するために、GM作物は必要ないのだ。こうした方向性にさらに多くの人々が賛同しているのに、遺伝子組み換え作物に関する論争の際に、持続可能な農業という目的が忘れ去られているのには驚きである。(p42)